ギラン・バレー症候群 治療とリハビリの記録

2018年3月にギラン・バレー症候群を発症してから米国ハワイで治療とリハビリを行なってきた。アメリカと日本の比較も含めて参考までに治療の経緯を記録する。

仕事に復帰

2018年7月11日

ホノルルの神経眼科に行って麻痺している視神経の状態を診察してもらった。ハワイ島には神経眼科の医者がいなくてオアフ島に1人だけいるのだが、こういう場合は飛行機料金を保険会社に負担してもらえる。オアフ島にも医師が1人しかいないので非常に混んでいて予約が2ヶ月待ちだった。

ドクターは視神経の麻痺が専門で僕のように複視の症状がある患者を日常的に診ていると言っていた。麻痺の回復についてはやはり時間をかけて待つ以外に方法はないようで、当面はプリズム膜をメガネの右目側に貼り付けて光を屈折させて矯正することになった。とりあえずはこれで1つに見えるようになって安全面での懸念は解消された。プリズム膜は14年前に開散麻痺になった時と同様の物だった。また1ヶ月後に検査してプリズム膜を交換することになった。まだ矯正に慣れていないせいかこの日は右目が真っ赤になっていた。

 

2018年7月12日

日本に一時帰国する予定のため、この日にホノルルから日本へ向かった。約8時間のフライトで体力的に少し心配だったが問題なく日本到着した。

31日まで日本に滞在するのでその間リハビリ施設への通院は休むが日本滞在中も自分でリハビリを継続する。

 

2018年8月2日

日本滞在中は暑いのと時差ボケがあるという理由で毎朝4時半に起きてジョギングとPTをやるようにしていたが、それ以外は普段と同様のリハビリの時間を取ることは難しかった。しかし日本ではバスや電車で外出することが多かったので、ヒロではできないリハビリをすることができた。

当たり前だが日本語を話すので、普段よりも話す量が多くなり人と会話していて途中で疲れてしまうことが時々あった。 

7月31日にハワイに戻ってきて、またヒロでのリハビリ通院を再開した。

 

2018年8月6日

この日から5ヶ月振りに仕事に復帰した。

最初は午前中4時間だけ仕事をすることになった。仕事はまずは机に座ってできる作業から始めている。仕事を再開してから少し疲れていて、特に上半身と手の疲れや痺れを感じている。

午後からは引き続きリハビリ施設に通っている。