ギラン・バレー症候群 治療とリハビリの記録

2018年3月にギラン・バレー症候群を発症してから米国ハワイで治療とリハビリを行なってきた。アメリカと日本の比較も含めて参考までに治療の経緯を記録する。

病人はいろいろ大変

2018年3月30日

前日の夜に便が出たのだが、昼の看護師さんがお腹をポンポン叩いてまだ残っていると不吉なことを言った。

朝のエクササイズで椅子に1時間半座った。これまでで一番長い時間座ることができた。午後のエクササイズでは病室から少し外に出たところまで歩行器を使って歩いた。少し歩いただけでも息が切れて、手も足も疲れてしまった。

 

2018年3月31日

Self Suctionを習った。Suctionというのは吸引器で吸引することで、咳をした時に痰を吸引するものと口の中に溜まった唾を吸引するものがある。唾を飲み込むことができない患者にとってSuctionは必須であり、頻繁に看護師さんにSuctionをしてもらっていた。人工呼吸器を外すための準備の意味もあり自分でSuctionの練習をした。また、初めて唾を飲み込む様子を見せたそうである。

この日、自宅の向かいの寺のお坊さんが見舞いに来てくれた。

 

2018年4月1日

この頃には転院先をどこにするか相談していた。ハワイ島にはリハビリ専門の病院がないのでいずれにしろ島から出なければならないが、オアフ島に行くか、それとも日本に行くか検討していた。

リハビリの技術は日本より米国の方が格段に進んでいるらしいのでホノルルの方がいいかもしれない。また日本に行くといっても、席に座って8時間のフライトに耐える体力はないかもしれない。

朝、便を出そうとしたが出なくて座薬を入れた。腸の機能が麻痺しているのと、唾を飲み込むことができないので口の中を乾かす薬が投与されていたために副作用で便秘になってしまっていた。便が出ないことでお腹にガスが溜まり、上の方にガスが上がってきて吐き気を催している状態だった。口から人工呼吸器を装着した状態で吐くわけにはいかないので、何とか便を出せと言われていた。

しかし頑張って出そうとしても硬すぎてどうしても出なかった。やむを得ず看護師さんが便を出す手伝いをしてくれた。そしてしばらくの格闘の末に何とか出すことに成功した!

この後は極度の疲労で何もできずにぐったりして、もう二度と便秘はご免だと思った。何はともあれ大変な難局を乗り越えることができたのだった。